東京ろう映画祭の名解説

 


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解説があって本当に良かった、と初めて思った作品。
もし解説がなかったら困惑し、
混沌とした気持ちを持て余したままだったかもしれない。
ろう者にとっては、ろう文化の否定ともとられてしまうような内容であり
人工内耳をめぐる家族の衝突、崩壊、再建などが...
リアルに映し出され、心がざわざわする作品だったから。

東京国際ろう映画祭の最終日。
米国ドキュメンタリー作品
「音のない世界で」と
「音のない世界で-6年後-」の連続上映後
宮城教育大学の松﨑丈先生の解説という三本セット。

衝撃的な内容に
心と感情を揺さぶられた私たちに向けられた松﨑丈先生の言葉は
「まずこの映画の本質は
人工内耳や、聞こえる聞こえないという問題ではなく
家族の幸せを探求するとはどういうことか?にある」という前置き。

その上で、人工内耳とはなにか?
なぜ彼女は人工内耳の効果が表れたのか?
父親はなぜかわったのか?(アイデンティティーなど)
という三つに絞って解説。
そうそう、まさにそこが知りたかったの!というような
かゆい所に手が届く名解説。
登場人物(かなり大人数!)の語りや些細な仕草や映像を
とても丁寧に観察されたことが伝わります。
(この解説のために10回以上鑑賞されたとか!)

そうしてあっという間の30分間が終わるころには
ああほんとだ、この映画の本質は
人工内耳をめぐる家族の葛藤などだけでなく
それを通して
子育ての在り方や
子どもの気持ちを尊重した対話の重ね方
自分のアイデンティティーと親としてのアイデンティティー、
そして両親や孫と祖父母との関係性など
「互いに幸せのかたちを探求し続ける」という
人間的な営みであることが分かってくるのです。

映画の解説者といえば、
私の中では、聞こえていたころの
「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」という名台詞が耳に残る淀川長治さんですが(笑)
松﨑丈氏の解説も本当に秀逸。
この方から紡ぎ出される言葉のひとつひとつは
まるで磨き抜かれた真珠のよう。
ひとつひとつ自分のなかでつなぎ留めていくと
新たな視点や見識につながっていきます。
締めの解説で心のざわざわが穏やかになり深みにはまり
もう一度観たくなる、語りたくなる、
松﨑丈氏だからこその解説でした。
ともあれば炎上でもしてしまいそうな
衝撃的なこの作品を解説できるのは
なかなかいないと思います。
この解説を聞きたいから申し込んだ、という人が多かったのが頷けます。

f:id:karinmatasumori:20190607081622j:plain追記:情報保障も秀逸!
中央に松﨑氏、両脇に立つろう者は
松﨑氏の手話を見てそれぞれアメリカ手話と国際手話通訳。
後ろにUDトークによる日本語と英語の文字表示。
松﨑氏の前に手話を読み取り音声にする通訳者。