真っ赤な人差し指

不測の事態や、意に反せずといった出来事が発生した時
人はそこに何とか納得できる理由を求める。


その日は午前中二つの締め切りと家事をこなし
午後から講師業のため、身づくろいをはじめた。
くるくるドライヤーで外向きにはねた髪の毛を必死に矯正していると
突如、くるくるドライヤーが機能を停止した。
予告もなく突然、である。
振っても叩いてもうんともすんとも言わず。
暑さで壊れたか。困った。
外向きにハネまくった頭では外に出られない。
そこでヘアアイロンを出した。
いささかカールが強すぎるが、ハネてるよりはずっといい。
暑い中、ヘアアイロンで髪の毛を巻く。
位置をずらしながら巻く。巻く。暑い。巻く。暑い。
ふと人差し指に異変を感じた。


「……………………あっつい!!」
しばらくすると、ジンジンと耐え難い痛みが襲ってくる。
やってしまった、まさかのヤケド。
私はいつも熱いことに気づくまで時間がかかる。
暑い中、熱いヘアアイロンでヤケド、何やってんの私。
流水で冷やしながら、片手で化粧。
もう大丈夫かなと、水を止めるとやっぱり痛い。
なんにでも効くオロナインが見つからず、
とりあえず保冷剤を指にあてて家を出る。
ところが、この炎天下。
駅についたころには保冷剤が溶けてしまった。
冷たいドリンクを保冷剤代わりにと購入したのは
オロナミンC
何年ぶりだろうオロナミンCを買うなんて。
オロナインがなかったからってオロナミンC
大丈夫か私。
患部にオロナミンCをあてつつ空港行きのリムジンバスに乗り込むと
まさかのドリンクホルダーがないタイプ。
茶色い瓶のそれは、スクリューキャップではないので
栓を開けると蓋がない状態、ずっと片手に持つか一気飲みするか。
でも飲んじゃったら瓶が温かくなり保冷材の代わりにならない。

友人が
「ワセリンやクリームで保湿してラップを巻く」応急処置を教えてくれた。
そうか保湿!
と保湿ができそうなものを探す。
夏なのでクリームはなく、化粧ポーチで目に入ったのは
リップクリーム、ほんのり色づき。
これだ!
というかこれしかない。
人差し指先端にリップを塗りたくった。
しかし痛みはひかない。
赤くなっただけで、何やってんの私。


赤い人差し指から目を背け、ふと窓の外に目をやると
なんだか風景がいつもと違う。


いやな汗が流れてきた。
そう、私には前科がある。
あれは、10年ほど前のこと。
八丈島へ行くために羽田空港行きのリムジンバスに乗ったはずが
成田空港へ向かうバスだったのだ。
成田と羽田では真逆の方面なので、乗り間違えたらホントにアウト。
赤い人差し指どころではない。
電光表示板には
「第一ターミナルと第二ターミナルに停まります」とでてくる。
羽田も成田も、
第一ターミナルと第二ターミナルがある。
私はどっちへ、もしくはどこへ向かうのか。


目を凝らし、電光表示板に「羽田空港行き」の文字を見つけて本当にほっとした。
渋滞のときなどは、いつもと違う道を通るのだとか。
おかげでヤケドのイタみがなくなったが
踏んだり蹴ったりだ。
年に一度くらいこんな日がある。
まだまだ油断できないぞと、気を引き締めて講座二コマと打ち合わせを終えて
ふたたび、帰りのバスに乗り込む。
いろいろあった一日だった。
くるくるドライヤーが壊れ、ヘアアイロンでヤケドし
乗ったバスにはドリンクホルダーがなく
いつもと違う道に動揺し
そういえば、日傘の骨が折れてしまったし
そういえば、お昼を食べるの忘れていたひもじい
そういえば、私は暑い夏が苦手なんだったと
窓の外を見ると恐ろしいくらいの真っ赤な夕焼け。
その瞬間、私は納得した。


ああそうか、今日は13日の金曜日だったんだ。と。