「鬱」の字

その日私はちょっとしたパニック状態だった。
翌日の講義準備が終わっていないのに、友人に誘われるまま出かけてしまい、帰宅してすぐに晩御飯の準備。
準備しながらも、講義準備の内容について鬱々と考えていた。

息子が帰宅し、夕食、後片付けを済ませ、普段は夜は仕事をしないが
講義準備をせねばならない。
やむを得ずパソコンに向かおうとしたその時、息子が近づいてきた。


「漢字練習に付き合って!」


うー……
講義の準備……
すぐにでもパソコンに向かいたいとこだが、母業優先。
聞けば明日は、漢字書き取りテスト。
問題集を預かって、問題を読む。


「恨めしくおもう」
「快く思っていない」
「それほど嫌ではない」


思い切りネガティブな問題が続く。


「潤いがない」
「曇天模様」
「吹き荒れる」


なんだか私の心まで曇天模様から吹き荒れてきます…
そして


「痛恨の極み」


今日の昼間、誘惑に負けて出かけてしまったのはまさに痛恨の極み!
まるで私を責めるかのような問題集だ。



そうしてクライマックスは


「憂鬱」
…明日の講義準備を思うと、鬱々としてくる。


鬱なんて、常用漢字になったのは最近だから、私だって書けない。
こうして改めてみても黒い点々が乱雑に散りばめられているようだし、まるでシミかゴミみたい。
拡大しないと、細かな部分が見えないくらい。
ネットで調べたら、この「鬱」という漢字の語源があった。


【鬱】 (音)ウツ (訓)しげる
ウツの音は、気の充満を意味する語源からきている。
むんむんするほど木が茂ることを意味し、また、ひいて、はけ口がなく、悶悶(もんもん)とする意となった。

むんむん、もんもん。
この字面を見ているだけで確かにそんな気になる。
更にこう続く。



「鬱」の隣の漢字を見てみると「鬯」(ちょう)という字が載っています。
意味を見てみると、

【鬯】 (音)チョウ
器にの中に米を入れ、香草とともに酒をかもす形。
とあります。

「鬯」を分解すると米、器、匙。
「香草とともに酒をかもす」イメージができる。

さらに「彡」は毛並み、「冖」はおおい、「林」は草木の多さを表す。
ということは、
「草木がたくさん生えているところで、髪の長い人が何かにおおわれた場所で酒をつくっている。
そこは、まさにお酒のにおいが充満している状態のイメージ」



おおーーー!!
こんな深読みができちゃうなんて、なんて面白い!
その酒を作っている髪の長い人が、自分のことのように思えてきた。
作っているのはどぶろくか。
私を覆っているのはなんだ?
葦の茂みかヤシの木か?


そういえば、テレビで「鬱」という漢字の覚え方をやっていた。


リンカーンアメリカンコーヒーを三杯飲んだ」


「林」の間に「缶」
カタカナの「ワ」
アメリカの「米」を斜めにし
「コ」を下向きにして、「ヒ」
ちょんちょんちょんと、三つやって三杯!


息子のおかげで、生まれて初めて鬱という漢字を書けるようになった。
でも、本当の憂鬱との戦いはその後。
講義の準備中、頭の中じゃずっと「リンカーンは…」
鬱の字でいっぱいだった。