てんやわんやの金曜日

やっと一週間が終わり、ほっとした気分で買い物をしていた金曜日の夕方、私の携帯が震えた。
いつか、ホネを一緒に拾ってきたK君のママからだ。

「ソラとKが『ネコ連れてきまーす』と動物用のカゴをカートにくくりつけて行ったんだけど知ってた?涙」

……今度は何事?!
買い物を中断し、慌ててマンションに戻ると中庭でK君のママたちが井戸端会議をしていた。
数日前からネコをどこかにかくまっていたことは知っていた。
毎日のように学校から帰ると、どこかのドブに行き、カニ釣りをしていた三人男児。たまたまおぼれかけていた野良猫を三人で助け、情が移ってしまったらしい。
家から失敬したお菓子を持って行ってはネコにあげて……誰でも子どもの頃似たような経験があるだろう。大体そんなことだろうとは想像していた。
そして、とうとう我慢できなくなって、彼らは行動に移したのだ。
ドブから、マンションまでどうやって連れてくるか?
抱っこして、突然逃げて車にはねられたら困るとか、自転車だとカゴが小さすぎるとか、あれこれ考えた結果、男児三人組の中でもネコを飼っているT君の家を訪れることにしたようだ。
T君のママいわく、ソラとK君二人でなにやら深刻な顔で「相談がある。」と。
ネコ用のカゴやそれを運ぶカート一式を貸して欲しいと訴えたのだという。

ここで感心したのは、T君本人を外で待たせ、第三者のソラとK君二人が相談に行った事だ。
なるほど、本人が行けば絶対ママに反対されるだろう。でも本人ではなくその友達であれば、対応も柔らかくなる。こういうときの悪知恵の働きはすごい。


感心している場合ではなく、ほどなくして男児三人、カートをガラガラと引きずって中庭に到着。
マンションの住人や、他の子どもたちも集まってきて、すっかりヒーロー気取りの男児三人。
「うちで飼う!」といってきかない息子に、君の気持ちだけで勝手に判断することはできないと説得をする。
みんなで、元いた場所に返しておいでと促したが、時間はすでに六時半を過ぎ、薄暗くなってきている。
中庭に放しておくわけにはいかないが、野良猫を部屋に入れるのもちょっと…。
急遽井戸端会議が開かれ、その場に居合わせたM家のママ、
「我が家は一階で庭があるから、一晩置いておこうか」とのお申し出。

子どもたちにダンボールを集めさせ、ガムテープとカッターでダンボール小屋を作ってネコを入れ、M家の庭に移送。
これらの作業が薄暗い中庭で大人と子どもが一緒くたになって行われた。事情を知らない人が見たらかなり怪しい。


その夜。ソラは仕事中の父親に電話で相談。
受話器を片手に涙をぽろぽろとこぼしつつ、唇を噛んでいる。
おそらく、そうだろう。
動物を飼うということは、その命を預かることだ。
家族の一員として迎え入れるには、それなりの覚悟と準備が必要だ。
学校に行っている間はどうするの?
旅行で留守にするときはどうするの?
病気になったら?
様々な問題を子ども自身にも考えさせる。それくらい命は重いのだ。
私は動物を飼うことについては反対はしないが、息子は喘息があるためすすめられないとお医者さんにも言われていた。
父親との電話相談が終わったあともあきらめきれず、T君のママに電話をかけて、「こういうときはどうするの?」と、いろんなことを聞いていたようだ。
翌日、再度訴える心づもりらしい。
その熱心な気持ちに、飼えないと分かっていても応援したくなる私。
誰もが一度は通る、予想通りの展開。

その夜、興奮のせいかなんなのか、ソラは熱を出した。
こちらもまた、予想通り。


私の方は、一晩預かってくれているM家のご主人が怒らないかどうか心配していた。ネコが嫌いであったりとか、鳴き声がうるさくて眠れないんじゃないかとか。
すると、M家のママからメールがきた。

「うちの旦那は関西人気質丸出しの、おもしろ人間だからバカ受けしてるよ〜!明日、空がネコを見に来る前に犬と摩り替えてびっくりさせてやる!だのなんだのって…」

陽気な人たちで、本当に良かった〜…。涙

オトナがそんなふうに楽しんでいるころ、
ソラは寝ながらうなされて、涙をぽろぽろこぼして「怖い」とおびえていた。
ネコと、T君、K君みんなで遊んでいたら、突然ネコが巨大化して噛み付いたり引っかいたりと襲ってくる夢を見たのだという。

……生霊か?!

「大丈夫。ネコはそんなことしないよ。もっと遊びたかったんだね」と、なんだか要領を得ないフォローになってしまった。


翌朝、再トライを試みたものの、泣く泣く父親と二人でネコを戻しに行ったソラだった。
ネコのカゴをきれいに洗って返させて、みんなにお礼を言って帰宅した。
熱がぐんぐん上がってきて、心身ともに痛々しい。


昔はどこにでも野良犬や野良猫がいた。それを拾ってきてはお母さんに怒られたり、友達同士で秘密基地にかくまって餌をあげたり、よくあることだったが、最近ではそんなことはなかなかない。
結局ネコを飼うことはできなかったけれど、子どもたちには印象深い出来事となったと思う。
今回の男児三人の純粋な気持ちや、頭の回転の速さ(悪知恵)と行動力に感服。
それだけでなく、こんなとき、私一人だったらどうしたらいいのか分からずおろおろしていたに違いないが、陽気なママたちが、一生懸命手話を使っていろんな知恵を働かせてくれたことにも感謝するのみだ。

ソラは今朝も熱っぽい。
けれども熱が冷めればまた、カニやらザリガニやら捕ってくるんだろう。
しばらくはネコの元にも通うんだろうな。
おやつがいつの間にかなくなっていても、しばらくは目をつぶることにしよう。自信はないが。