井戸端手話の会

買い物の帰り、マンションの中庭で一人の女の子が私に駆け寄ってきて


「今、非常ベルが鳴っていて、管理人さんが調べに行ったよ。」と
手話で教えてくれた。


そうか、だから中庭で遊んでいる子供たちが落ち着かない様子できょろきょろしているのか。
結局誤作動だったと分かったのだが、
沢山のママや子供たちがいる中で、聞こえない私に対して手話で教えてくれたのはすごいと思った。
しかも重要な情報を、普段はあまり使わない手話を使って丁寧に伝えてくれたのだ。


現在済んでいるマンションに引っ越して、七年ほどになる。
子供の同級生が20人以上もいて、引っ越したばかりのころは幼稚園の送迎バスの時間になると、あちこちで井戸端会議が繰り広げられていた。
聞こえない私はなかなかそこについていけなかったのだが、少しずつ手話に興味を持ってくれるママも増えてきた。


「普段やっている井戸端会議を手話でできるようにしようよ?!」


あるママの提案がきっかけで、
「井戸端手話の会」がスタートした。
毎週一回、子供たちが幼稚園や学校に行っている間に集まって手話でおしゃべりをする時間を作る。
最初の頃は私が教えることもあったが、今では日常会話は普通に会話できるくらい上達しているママたち。
もともとおしゃべり好きなママが多いから、手話を覚えるのも早いのだろう。
毎回、進行役や先生役は分担し、もう私がいなくても充分運営できるような会になっている。
手話を学びながら、日常生活や子供のこと、家事育児、地域の情報交換などができる場は貴重だ。
メンバーも入れ替わり、いまやマンション外から通うママも増えてきた。


あっという間に七年目。


聞こえない人は、コミュニケーションの困難さ、面倒さから、近所づきあいを避けてしまう傾向があるのだが、私にとっては本当にありがたい環境となっている。
子供同士のトラブル、学校の情報、緊急時など、何かあったときに安心してコミュニケーションができる環境って素晴らしい。
手話に興味を持ってくれたママたちには心から感謝しているし、井戸端手話の会の運営を続けてくることができたのも
熱心なメンバーのおかげとしか言いようがない。

最初はママ同士でのコミュニケーションを目的とした「井戸端手話の会」だが、ママ同士が手話で井戸端会議をしている様子をみて、子供たちも育つから、子供たちも手話に興味を持つ。
私を呼ぶときには、ぽんぽんと肩を叩いてくれて、話すときには目を合わせて口の形をはっきりとしてくれる。
こんなさりげなく、でも難しいことを自然と身につけてくれているのは、本当に嬉しい。


そんな彼らは、この先の人生で私以外の聞こえない人に出会っても、自然と対応できるんだろうな。


手話を使ってくれるのは、もっぱら女の子が多いが、男の子も負けてはいない。
「ありがとう」
「ごめんなさい」
こんな挨拶が手話で出てくるのはもちろん、


「さっき、○○君がおならしたよ!」こんなこともわざわざ教えてくれる。
やっぱり男の子だ。