「聞いてない」と「聞こえない」

夕食時、いつものように息子の話を聞く。
学校で楽しかったこと、友達とケンカしたこと、給食のこと、先生に怒られたことなどなど。
息子とのコミュニケーションは手話と指文字を組み合わせて会話する。
単語を表す手話で表現できない固有名詞などは、「あ・い・う・え・お」50音をひとつずつ表す指文字で表現できる。
生後五ヶ月から手話を使いこなしてきた息子だが、二歳の終わりごろには自分の知っている手話の数では限界があり、話したいことがたくさんあるのにそれを表現する手話が分からない。伝わらなくて、口の形をはっきりとあけて繰り返し話すが、私が読み取れず、お互い泣いてしまうこともたびたび生じるようになってきた。
このころから、指文字を覚えていった。
自分の話したいことが、指文字ならば一字一句伝えることができる!そのことを理解した彼は、以来指文字一辺倒になってしまった。
たとえば、『今日は学校で○○君と遊んだ』というときには、
手話と指文字を組み合わせて使えば、
<今日><学校><指文字で○○君><遊ぶ>と表現できる。これを全部指文字で表現すると言うことは
<キョウハ ガッコウデ ○○クント アソンダ>
と、一字一字表現していくことになるのだ。
指が忙しいことこの上ない。
けれども、彼にとっては一字一句すべて伝えたいと言う気持ちからか、指文字を好んで使う。
小学生になり、手話と指文字を組み合わせて使えば、効率的なことも理解できてきて、手話も増えてきたが指文字のほうが圧倒的に多い。
その上、表現スピードが超早い。歌うときには歌うスピードと同じ速さで表す。
私はもう8年も一緒にいるから慣れているが、それでもそのスピードについていけず読み落とすことがたびたびある。そんなとき、「もう一回やって」とお願いするのだが、気持ちよく話しているときにストップがかかるのは誰だって「も〜〜〜」と言う気分になるだろう。
それでも根気よく、繰り返し話してくれるのだがだんだんイライラしてくることもある。
「もういいよ!」とふてくされてしまう息子に
「なんでそんなこと言うの!」と私。
すると息子は
「だって、ママが…」とここで一旦言葉を呑み「聞いてないから。」と続ける。

私には分かっている。
息子は本当は「ママが聞こえないから!」と言いたいことを。
それが一番私にぶつけたい本音だろう。
他のママは普通に話せば聞いてくれるのに。と。
まだ息子が小さな頃は、何度となく「なんでママは聞こえないの!」と納得できない気持ちを私にぶつけていた。その度に私も正面から向き合い、分かる言葉を選んで説明をしてきた。
そんな中で、「聞こえないことが悪いのではない」と理解している息子は、ついつい言いたくなる本音を我慢しているのだろう。

聞こえる人でも、聞いているようでいて聞いていないことがある。
きちんと聞いていても、聞き落とすことがある。
私も、息子の話を読み取っていても、読み落とすことがある。
お互いの間でコミュニケーションが確立していても、よくあることだ。
「ママが聞こえないから」ではなく
「聞いていないから。」という言葉を選ぶのは、息子の優しさでもあるのだろう。