埋もれていた苦しみの向こう側

「子どもがほしいか、私たちに聞いてほしかった」
「手話通訳がいれば拒否できたのに」
聴覚障害ゆえに十分な説明を受けられず、不妊手術を強いられた人が70人という数字に絶句。
(全日本ろうあ連盟の調査による)


子を産み、育てるという喜びや未来を奪う。
本人の意思とは関係なしに。
1996年まで続いた優生保護法に基づく強制不妊手術。
その事実の重さには、たとえる言葉も見つかりません。


2015年の今日、こんな記事を投稿していました。
<2015-06-25 子を産むに値する人とそうでない人という区別 >
http://d.hatena.ne.jp/karinmatasumori/20150625


当時は内閣府の障害者政策委員会の委員として
この課題について広く知ってもらいたいと
DPI女性障害者ネットワークの皆さんから様々なことを学んだ時期。
障害者と支援団体が繰り返し、国に謝罪と補償、実態調査を求めてきたこと。
国連の女子差別撤廃委員会までもが日本政府に勧告を出していたこと。
長年にわたる地道な活動、そして訴訟。



埋もれていた苦しみが少しずつ語られ始めています。
まだまだ氷山の一角かもしれません。
それでも。
被害者本人の声ほど、人の心を動かし、共感を生むものはないと思います。
ひとつひとつの声に耳をかたむけ、言葉にならない思いをくみ取り
対話を重ね、救済に繋げていくことはできるはずです。
まずは知ることから。


以下はそんな語りの一例です。
不妊手術の悔しさ、手記や映像に残すろう者たち(朝日デジタル2018/03/16)
https://www.asahi.com/articles/ASL3H7F0GL3HUBQU029.html

「手話通訳いれば拒否できた」 聴覚障害者への強制不妊(朝日デジタル2018/06/09)
https://www.asahi.com/articles/ASL6953Q5L69PTFC002.html

「悔しい」手話で訴え 聴覚障害者6人会見(毎日新聞2018/06/09)
https://mainichi.jp/articles/20180610/k00/00m/040/070000c